その日自分は仕事で埼玉の蕨に来ていた。
仕事と言っても自分が営業担当する重要な顧客と飲み食いしていただけだ。
その顧客は業界では知らない人はいないビックネーム。
なぜ自分のような小物が担当しているか?と毎度のこと不思議に思う。
この日も顧客行きつけの寿司屋とスナックを周った。
気さくおもしろい人で自分もとても良い印象を持っているのだが、
いかんせん飲み始めると長い。
夕方6時から飲み始め7時間経過した夜中1時にようやく解放された。
顧客が千鳥足気味に帰っていくのを見送ってようやく緊張状態から解放された。
もうクタクタだ。
さっさとタクシーを拾って帰ろうと思ったのだが、
明日は休みだ(正確には今日)。
長時間の緊張状態から解放されたこともあり、
もう一杯どこかで飲みたくなった。
そう言えば以前から少し気になっていたBARがあったので、
そこに行ってみることにした。
ホームシックになっているフィリピン人女性
そのBARは蕨駅近くにある。
店内はカウンターの中を水が流れる設計になっており、
とてもオシャレで雰囲気も良い。
夜中1時を過ぎているというのに、
それなりに人も入っていた。
蕨にもこんな洒落たBARがあるとは思わなかった。
ウイスキーの水割りを飲みながら読みかけの小説を読んでいた。
しばらくすると自分の席を1つ空けて1人の外国人女性が入ってきた。
色黒で目がパッチリして東南アジア系のように見える。
可愛らしい感じがしつつもどちらかという美人だ。
ちらちら目に付くもしばらくは酒を飲みながら本を読み続けたが、
ふと横を見た途端彼女と目が合ってしまった。
彼女は少し微笑んだ感じであったものの、
どことなく元気がなく暗く落ち込んでいるような感じがした。
- 彼女「コンバンワ。キョウハオソクマデオシゴトデスカ?」
- 自分「こんばんわ。そうですよ。さっき仕事が終わって1人で飲んでます。お姉さんも仕事だったんですか?」
- 彼女「ソウデス。サッキマデシゴトシテマシタ。オニイサントオナジネ。」
- 自分「そうですか。こんな遅くまで大変ですね。今日はこれから誰かと待ち合わせですか?」
- 彼女「チガイマス。ヒトリデス。」
- 自分「へえ~。じゃあしばらく二人で飲みませんか?」
- 彼女「イイデスヨ。ダレカトノミタカッタンデス。」
何となくナンパが成功してしまった。しかも外国人だ。
彼女は見た目20代だとは思うが、
東南アジア系の女性は見た目よりも若く見えた。
フィリピンパブで働いてた理由は出稼ぎ
ナンパした彼女の名はマリンといった。
出身はフィリピンの首都マニラだ。
今は蕨市内のお店で働いているということ。いわゆるフィリパブ嬢だ。
日本に来てもう5年が経つという。
彼女はフィリピンの大学を卒業した後、
何とフィリピンの陸軍に所属し軍人をやっていたとのこと。
(軍人が何故日本に来てフィリパブ嬢をやっているのだろうか?)
とても興味が湧いてきた。
自分「何でマリンちゃんは軍隊にいたのにわざわざ日本に来たの?」
マリン「グンジンデハゼンゼンオカネカセゲナイデス。ワタシノカゾク8ニンイマス。
グンタイノオカネデハ8ニンノメンドウヲミルコトデキナイデス。
ダカラニホンニキマシタ。」
家族8人を1人で養っているのだろうか?と思ったが、
彼女は6人姉弟の長女で人一倍責任感があるのだろう。
下の姉弟たちも働いてはいる者もいるが収入はあまり良くなく、
家族を養うためには彼女からの送金が頼りとのこと。
しかし、日本に来て5年以上が経過し、
彼女はいろいろと悩みを抱えているようだ。
マリン「フィリピンニカエリタイデス。マイニチオサケバカリ。カラダチョウシヨクナイ
トキアリマス。」
彼女は元々あまり酒が飲めなかったが仕事のため飲むことになり、
おかげで今は大分酒が強くなったようだがパブでの仕事は大分辛いようだ。
職場環境もあまり良くなく住み込みで働いており、
あまり自由に外出もできないとのこと。
下手に外出されるとそのまま行方を暗まして帰って来ないケースも良くあるらしい。
そのため、外出は許可制になっている。
このBARの店長とパブの店長は知り合いで、
このBARに行くということであれば問題ないらしい。
要はこのBARの店長が目付役になっているようだ。
そんな生活をもう5年も続けており、
驚くことに日本に来てから蕨市外も満足に出たことがないらしい。
ここから出られないというのはかなり異常だ。
とんでもないブラック企業に勤めている。
まあ、下手に逃げ出されて不法滞在者を生み出さないためのシステムなのだろう。
何だかとてもかわいそうな気分になってきた。
正直彼女ほどの美人で大学も出て、本で言う自衛隊に入っていれば、
日本であれば正直将来は安定だ。
何の不自由なく真っ当な暮らしだできたはずだ。
それが外国に来て、劣悪な職場環境で働き、
体調も崩し気味というのはかなり居た堪れない。
自分「マリンちゃん頑張りすぎだよ。そんなに頑張って働いたら倒れちゃうよ。」
マリン「シカタナイデス。フィリピンニオカネオクラナキャイケナイ。デモアト2ネンデ
カエレマス。ミンナハタラクネ。」
あと2年もこの環境下にいるのか?彼女の話から歳を推測すれば、
フィリピンに帰る頃には既に30代にはなっているだろう。
女性として一番盛りが付いている時期(今は30代も十分きれいだが)
をこのような環境で過ごすとはやるせない。
何だがだんだんこちらの気分も落ち込んできたので、
少し明るい話題に変えたくなった。
美人フェイスなのに歌は・・・
自分「マリンちゃん何か楽しい話をしようよ。」
マリン「タノシイハナシデスカ?ソレナラカラオケイキマセンカ?コノビルノナカニ
アリマス。」
カラオケ?何か長くなりそうだし、
しかも自分はあまりカラオケが好きではない。
気乗りしなかったので遠回しに断ろうとした。
自分「カラオケなんか行って大丈夫なの?勝手なことするとお店の人に怒られちゃうよ。」
マリン「ダイジョウブデス。ソノオミセモイッテイイミセデス。」
何と!
どうやらこのビルそのものが目付役となっているのだろうか?
さてどうしよう?
このまま誘いにのったはいいものの、
あとで怖い人が出てきたり高額な金を請求されたらどうしよう?
様々な不安が頭をよぎったが、
酒の勢いも手伝って誘いに乗ることにした。
マリン「ワタシニホンノウタタクサンオボエマシタ。イロイロトウタエマスヨ。」
そう言ってお決まりのモーニング娘やAKB48のヒットソングを唄っていたが、
そのレパートリーも非常に幅広い。
AKB48を歌ったかと思えば美空ひばり、石川さゆり、ドリカム、
椎名林檎とありとあらゆる年齢層、ジャンルの歌を唄っていた。
5年もいるとここまで唄えるようになるのだろうか?
話を聞いている限りとても真面目な感じの人な気がしたので、
きっと日本語も歌も一生懸命勉強したのであろう。
しかし、彼女の唄はお世辞にも上手いとは思えなかった。
正直言うと音痴だ。こればっかりはどうにもならなかったようだ。
自分も負けじと得意のロックナンバーをこれでもかと唄いまくった。
夜遊びは・・・なし!!
そんなこんなでお互い2時間ほど唄い続け、
すっかり朝となってしまった。
自分「マリンちゃん。もう朝だから帰ろう。帰ってしっかり休んだ方がいいよ。」
マリン「ソレデハ、フタリデシッテイルキョクヲウタッテカエリマショウ。」
そう言ってFly me to the moonを2人で唄った。
言わずと知れたジャズの名曲だが、
日本のアニメも良く知っていた彼女にとっては、
エヴァンゲリオンのエンディングテーマという認識であった。
英語の曲だし、
英語を公用語とするフィリピンだけに彼女に合わせた形の選曲となった。
しかし、英語になっても音痴は変わらなかった。
途中自分がどんな歌を唄っているのか分からなくなってきた。
せっかく美人が台無しだが、
このギャップも彼女の魅力かもしれない。
そんなこんなで朝5時に2人は分かれお持ち帰りは・・・なし。
割り勘だったのが、、
せめてもの救いだったかもしれない。